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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)618号 判決

原告

澤嶋真紀子

外六名

右原告ら訴訟代理人弁護士

秋田仁志

松本康之

坂本団

被告

島本町

右代表者町長

豊田雅

右被告訴訟代理人弁護士

寺内則雄

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ六万円及びこれに対する平成八年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らに対し、それぞれ三五万円及びこれに対する平成八年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の住民である原告らが、被告の町長に対し、マンション新築工事に関する情報公開請求を行ったにもかかわらず、建築業者が被告に提出した「意見書」を何らの非公開事由も存しないのに公開しなかったため、繰り返し公開請求を行うなどの多大な労力、時間を費やさざるを得なかったとして、被告に対し、国家賠償法一条に基づき慰藉料及び弁護士費用としてそれぞれ三五万円の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告らは、被告において住所を有する者であり、「わてら島本見張り番」の名称で、被告の情報公開制度を通じて住民の知る権利の実現を目指しているグループのメンバーである(弁論の全趣旨)。

(二) 被告は、昭和五八年一二月二八日、島本町情報公開条例(以下「本件条例」という。)を制定し、本件条例は、昭和五九年四月一日から施行された。

2  本件に至る経緯

(一) 訴外近藤産業株式会社(以下「訴外近藤産業」という。)は、平成二年三月、島本町〈番地略〉の宅地(以下「本件土地」という。)を取得した。

(二) 訴外近藤産業は、本件土地上に、戸数二〇三戸、一一階建てのマンション(通称ライオンズマンション水無瀬、旧通称メロディハイム水無瀬。以下「本件マンション」という。)を建設し、これを分譲することを計画した。

(三) 被告は、島本町生活環境保全に関する基準条例二条二項に基づく「宅地開発等に関する指導要綱」(以下「本件要綱」という。)を制定していたところ、本件マンション建設計画(以下「本件計画」という。)は、本件土地上に建設可能な戸数につき、本件要綱六条によれば八八戸が限度であったが、本件計画では二〇三戸としていた点、本件マンションの公共空地につき、本件要綱九条によれば544.5平方メートル必要であったが、本件計画では234.1平方メートルに過ぎなかった点、開発負担金につき、本件要綱では一戸につき八〇万円を被告に支払わねばならなかったが、本件計画ではこの支払には応じないとされていた点で、本件要綱に反していた。

(四) 訴外近藤産業は、平成四年六月ころ、都市計画法二九条の開発行為の許可申請にかかる事前協議の添付資料として、「意見書」と題する書面(その内容は別紙記載のとおり、以下「本件意見書」という。)を被告に提出した(甲一ないし三、乙八の4、8、弁論の全趣旨)。

(五) 訴外近藤産業は、本件マンション建設について被告と事前相談を行い、平成五年二月一六日、大阪府建築主事から建築確認を得た。

(六) 原告らは、平成五年一一月中旬ころ、本件マンションの建設計画を知った(原告南部由美子本人、原告澤嶋真紀子本人)。

(七) 付近住民は、本件マンションが建設されれば、日照被害、風害、プライバシーの侵害、眺望権の侵害等の発生する恐れが高いと考え、本件計画を知った直後、反対運動を起こした(原告澤嶋真紀子本人)。

(八) 訴外近藤産業及び建設工事の請負業者である訴外清水建設らは、平成五年一一月二二日、付近住民に対する説明会を開催した。

(九) 本件マンションは、平成七年三月に完成した。

3  原告らによる公開請求と島本町長による非公関決定

(一) 原告らは、本件条例四条本文に基づき、平成五年一一月から平成七年四月までの間、前後九回にわたり、本件条例の実施機関である島本町長(以下「町長」という。)に対し、本件マンション建設に関して被告が保有する情報について、別紙公開請求一覧表(以下「別紙一覧」という。)のとおり公開(閲覧及び写しの交付)請求をした。

(二) 町長は、原告南部由美子(以下「原告南部」という。)が行った平成五年一一月一九日付公開請求に対し、同年一二月一七日付決定においては、本件意見書の存在について触れず、平成六年二月一六日付決定において、右一二月一七日付決定では本件意見書が「錯誤によりもれていた」とした上、本件条例五条一項三号に該当するとして、これを非公開とした(別紙一覧1)。

(三) 町長は、原告澤嶋真紀子が行った平成五年一二月二一日付公開請求に対する平成六年一月一九日付決定においても、本件意見書の存在に触れなかった(別紙一覧2)。

(四) 町長は、本件意見書について、平成六年二月から同年一一月までの間に原告らが行った別紙一覧3ないし8記載の各公開請求に対し、いずれも本件条例五条一項三号、四号に該当するとして、非公開決定を行った(前記(二)の平成六年二月一六日付非公開決定(別紙一覧1)と合わせて、以下「本件各非公開決定」という。)。

(五) 町長は、本件マンション完成後の平成七年五月一八日、本件意見書について、同年九月二九日に公開する旨の期限を付けた公開決定を行い、右同日、右決定に基づき本件意見書を公開した。

二  争点

1  本件各非公開決定の違法性の有無

2  被告は、本件意見書の存在を意図的に隠蔽したか。

3  被告の責任の有無

4  原告らの損害

三  争点についての当事者の主張

1  本件各非公開決定の違法性の有無

(一) 原告ら

本件意見書の内容は、本件要綱の法的効力についての法律論を述べた上で、これには拘束されない旨の意思を表明したものに過ぎず、しかも、本件各非公開決定の時点においては、訴外近藤産業が本件要綱に従わない旨の申し入れを行っている事実は既に被告町民の広く知るところとなっていたのであるから、本件意見書が公開されたとしても、訴外近藤産業の事業活動に不利益が生じたり(本件条例五条一項三号)、被告の行う行政指導に支障が生ずること(同項四号)などあり得なかった。

ところが、町長は、何ら非公開事由がないにもかかわらず、非公開決定を繰り返したもので、本件各非公開決定は、「開かれた町政を推進する上において、住民の『知る権利』の保障が必要不可欠である」と規定し(一条)、このような認識の下、「町の所持または保管」「するすべての情報は、住民共有の情報として積極的に公開するものとする」という公開の原則を定め(二条)、非公開事由に該当する情報を除き公開しなければならないとした本件条例に違反し、原告らの本件意見書に関する公開請求権を侵害するものである。

(二) 被告

本件意見書につき、町長が本件各非公開決定をなしたのは、原告らを含む周辺住民により本件マンション建設反対運動が行われている状況の中で本件意見書を公開した場合、訴外近藤産業の企業イメージの低下等により本件マンションの販売活動に支障をきたし、その事業活動に重大な損害を与え又は信用上不利益を与えること明らかであったこと(本件条例五条一項三号該当)、本件要綱には法的強制力がないことから、被告としては、本件要綱の趣旨について事業者の理解を得た上で行政指導を行う必要があるところ、本件意見書を公開した場合、訴外近藤産業から実効ある協力を得ることが困難となり、延いては今後の開発業者等に対する本件要綱に基づく行政指導にも支障が生じることが明らかであったこと(同五条一項四号該当)によるものであるから、本件各非公開決定に何ら違法の点はない。

2  本件意見書の隠蔽

(一) 原告ら

町長は、別紙一覧1(平成五年一二月一七日付け)及び同2記載の決定においては、本件意見書の存在を、意図的に隠蔽し、公開・非公開決定の対象とさえしなかった。

(二) 被告

原告主張のとおり、一部、本件意見書についての決定が漏れていた事実はあるが、これは、意図的なものでなく、公開請求の対象が「(町に計画が示された時点)〜H5.11.19現在までの町が所有している全ての情報」と広範囲にわたるものであったことや本件意見書がいわゆる開発行為の協議上の法定文書でなかったこと等の事情から、見落したものにすぎない。

3  被告の責任の有無

(一) 原告ら

被告は、本件意見書につき、本件条例所定の非公開事由が存在しないことが明白であるにもかかわらず、十分な調査検討をすることなく、違法な非公開決定を繰り返したものであるから、国家賠償法一条に基づき、原告らの損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告

仮に本件非公開決定が違法であるとしても、本件意見書が、一見明白に非公開事由に該当しないと断定できるものでない以上、実施機関たる町長に故意、過失があるとはいえない。

4  原告らの損害

(一) 原告ら

(1) 慰謝料 各自金三〇万円

原告らは、被告町長が違法な決定を繰り返したために、多大な時間と労力を費やさざるを得なかったもので、その慰謝料としては、各自金三〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 各自金五万円

本件訴訟は、専門的、特殊な事案であり、損害賠償の請求をするには弁護士への訴訟委任が不可欠であった。そして、原告らは、弁護士費用及び報酬として各自金五万円を支払うことを約した。

(二) 被告

右(1)、(2)は争う。

第三  判断

一  本件各非公開決定の違法性の有無

1  本件各非公開決定に至る経緯について

本件意見書につき、原告らが町長に対し多数回にわたる公開請求をしたこと、これに対し町長がいずれも非公開決定(本件各非公開決定)をしたこと及びその経緯等については、前記「争いのない事実等」(第二の一)認定のとおりであり、また、証拠(甲六、九、一二の1、一五、二四、検甲一、二、証人浪越、原告南部本人、原告澤嶋真紀子本人)によれば、訴外近藤産業が平成五年一一月二二日に開催した本件マンション建設についての地元住民に対する説明会において、住民の方から「開発指導要綱を無視すると聞いているが、どうなのか」という質問が出たのに対し、訴外近藤産業が「詳しくは被告に聞いてくれ」との返答をなしたこと、同月二九日ころ、原告澤嶋真紀子を含む地元住民が本件計画等について被告に問合せた際、被告の担当者も訴外近藤産業が本件要綱を守らないと言っているため困っている旨述べたこと、訴外近藤産業の本件要綱無視の姿勢は、被告の町議会でも問題になり、同年一二月一〇日開催の全員協議会において、被告の担当者が、町議会議員に対し、「事業主が開発指導要綱を一切無視すると言っているので苦慮している」旨説明したこと、町議会議員である原告南部が、同月一七日開催の町議会で訴外近藤産業の本件要綱無視の姿勢及びこれに対する被告の対応について質問したところ、被告の産業建設部長が、訴外近藤産業の姿勢は「まことに遺憾に耐えない」とし、「指導要綱等をご理解願えるよう、強く申し入れ」している旨答弁したこと、右町議会の質疑内容は、被告住民に広く配付されている「島本町議会だより」により周知され、地元住民らは、平成六年一月ころから、訴外近藤産業に対し本件要綱の遵守を求める立て看板を作成したり、ビラまきをしたこと、同月一九日には、地元自治会の代表者らが、大阪府建築審査会に対し、本件計画に本件要綱の適用が受けられるよう求めた審査請求を行ったこと、原告らの情報公開請求に対し被告が公開した文書中にも、訴外近藤産業が本件要綱を無視している旨記載された文書が多数含まれていたこと、訴外近藤産業が同月二〇日に開催した地元住民に対する説明会でも、訴外近藤産業が本件要綱を守らずに本件マンションの建設をしようとしていることが問題とされ、参加した住民から質問や意見が出されたのに応じて、そのころ、訴外近藤産業は、本件マンション建設には「指導要網は適用されない。」旨の文書回答をしていたことが、それぞれ認められる。

2  本件意見書の非公開事由該当性について

(一) 本件条例の解釈

(1) 本件条例(乙一)は、開かれた町政推進のために住民の「知る権利」の保障が必要不可欠であることに鑑み(一条)、町の所持又は保管するすべての情報を住民共有の情報として積極的に公開するものとし(二条)、住民は右情報の閲覧及び写しの交付を請求することができる(四条)旨を規定し、憲法及び国際人権規約等に基づく「知る権利」の尊重の理念に則り、住民による情報公開請求権を創設的に認めたものである。したがって、その解釈運用は、条例制定権者の定めた条例の趣旨・文言等に即してなされるべきところ、本件条例は、前記のとおり、町の所持又は保管するすべての情報を積極的に公開する旨を唱った上、五条一項各号に具体的に定められた情報を除いて「公開しなければならない」と定めているのであるから、非公開とすることが許されるのは、右各号に制限的に列挙された例外的場合に限られることが明らかである。加えて、被告自身の行政解釈ともいうべき被告町長公室自治推進課作成の「島本町情報公開制度の趣旨と解説」(乙二)においても、本件条例二条につき、「原則公開の精神を表現したものであるが、町の保有する情報は、住民の付託によって作成し又は取得されたものであり、住民共有の情報であるとの認識が必要となる。したがって非公開情報(条例第5条)の範囲は、原則公開の精神に基づいて厳格に解釈するものとする」とされ、また、五条につき、「第1項は、条例第2条の公開の原則を踏まえ、非公開情報の範囲を定めたものであり、本項の非公開情報に該当する情報でない限り、実施機関は閲覧等の請求に応じる義務を負うものである。従って、非公開情報の範囲をあらかじめ、できる限り限定的かつ明確に定めなければならない。」とされていることに鑑みれば、右非公開事由該当性の判断は、限定的かつ厳格になされる必要があるというべきである。

(2) また、右乙二には、本件各非公開決定の理由とされた本件条例五条一項三号、四号につき、その範囲をあらかじめ限定的かつ明確に定める趣旨から、同項三号につき、「生産技術に関する情報」、「営業・販売活動に関する情報」、「信用に関する情報」、「経理・人事等に関する情報」の四類型を挙げた上、「情報分類基準」で更に細かい分類がなされており、同四号についても、「情報分類基準」で、「公開することにより、当該事務事業の公正な執行を妨げるおそれのあるもの」、「公開することにより、経費の増大や事業の実施の時期が大幅に遅れるおそれのあるもの」、「公開することにより、反復継続される同種の事務事業の公正な執行を妨げるおそれのあるもの」との具体的な類型が示されていること等に照らせば、同三号にいう「法人その他の団体……に関する情報であって、公開することにより当該法人……に著しい不利益を与えることが明らかな情報」又は同四号にいう「……交渉記録その他関係者の利害が含まれている情報……で、公開することにより行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生じることが明らかな情報」に該当するというためには、単に抽象的に、事業活動、信用等に何らかの不利益が生じるおそれがあるとか、被告の主観として行政事務の執行上何等かの不都合が生じるおそれがあるというだけでは足りず、当該情報の開示により、具体的な「著しい不利益」や「著しい支障」の発生することが、客観的にも明白な場合でなければならないと解すべきである。

(二) 本件条例五条一項三号該当性

本件意見書の内容は別紙記載のとおりであるところ、これによれば、訴外近藤産業は、被告の本件要綱につき「行政指導の方針を示す行政府内部の業務取扱規則にすぎず、それ自体に法的拘束力乃至強制力を有するものではなく、あくまでも相手方に任意の協力を要請できるだけの効力しか有しないものである」との認識を示した上で、「私共が計画を行う共同住宅は島本町の宅地開発等に関する指導要綱を基準とするものではなく都市計画法を基準として計画を行うものである。」「私共は立法上の都市計画法に基づき今後、事前協議書、開発許可申請、建築確認申請を行っていくものである」との意思を表明したものであると認められる。右のうち、本件要綱についての訴外近藤産業の認識を示した部分は、法的見解としては通説的なものといえ、特に問題とすべき点はないが、本件要綱に従う意思がないことを表明した部分は、本件のごとき指導要綱が現実に果たしている機能、役割に照らせば、些か穏当を欠くものといわざるを得ない。

しかしながら、前項の認定事実に照らせば、本件要綱に従う意思がないとの右訴外近藤産業の姿勢は、遅くとも平成五年一一月二二日の説明会の時点で既に地元住民の知るところとなっており、その後、被告担当者の応答や被告により配付又は公開された文書等を通して、被告住民に広く周知されていったことが認められるのであり、したがって、本件意見書について最初に非公開決定がなされた平成六年二月一六日(別紙一覧1、3)の時点においては、右訴外近藤産業の姿勢は、被告町民にとって既に公知となっていたということができるのである。そして、そのような状況下で本件意見書に対する公開請求がなされたのであるから、たとえ、被告が右のような性質を有する文書を公開したとしても、訴外近藤産業の右姿勢が際だつ程度のことはあっても、訴外近藤産業に対する町民等のイメージが、公開前に比して著しく悪化するというような危険性は、現実には高くなかったものというべきである。

そうであれば、被告の主観的な危惧はともかく、本件意見書の公開により、訴外近藤産業の事業活動、信用等に関して、具体的な著しい不利益を与えることが、客観的にも明白であったとは到底いえないから、本件意見書が本件条例五条一項三号に該当するものとは認められず、他に右該当性を肯認するに足りる証拠はない。

なお、被告は、原告らを含む周辺住民により本件マンション建設反対運動が行われている状況の中での公開という点を強調するようであるが、反対運動をおこしている住民は尚更訴外近藤産業の右姿勢を熟知していたものといえるから、それ以上に訴外近藤産業のイメージが悪化したり、混乱が起こる具体的可能性が存したものとはいいがたい。

また、被告は、訴外近藤産業の姿勢の周知と本件意見書の公開の是非とは別問題であると主張するが、右該当性は客観的な状況の下で具体的に判断されるべきものであるし、本件意見書の具体的な表現や細かい言い回し等が殊更問題となるとも認められないから、右主張も採用しがたい。

更に、被告は、本件意見書の公開・非公開の判断に当って、訴外近藤産業にその意見を求めたところ、販売活動上、マンション購入希望者が本件意見書を目にすること等によって購入を控えたりすることのデメリットがある旨言明し、公開に消極的であったと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない上、もとより、訴外近藤産業の意向のみによって前記判断が左右されるものではない。

(三) 本件条例五条一項四号該当性について

この点に関する被告の主張は、本件要綱には法的強制力がないから、本件要綱の趣旨について事業者の理解を得た上で行政指導を行う必要があるが、本件意見書を公開した場合、訴外近藤産業から実効ある協力を得ることが困難となり、延いては今後の開発業者等に対する要綱に基づく行政指導にも支障が生じるというものであるが、前項で認定説示した本件意見書の内容及び本件各非公開決定をなした際の具体的状況等の事情に照らせば、被告の主観的な危惧はともかく、本件意見書の公開によって、行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生じることが、具体的かつ客観的にも明白であったとは到底いえないから、本件意見書が本件条例五条一項四号に該当するものとは認められず、他に右該当性を肯認するに足りる証拠はない。

被告は、訴外近藤産業の本件計画に対して本件要綱に従って行った行政指導の経過を示し、本件意見書を非公開としたからこそ、被告の粘り強い要望・指導(乙九)により一定の成果(乙一〇)をあげ得た旨主張するが、前記意見書の内容等の事情及び被告の行った行政指導の経緯等の事情に鑑みれば、本件意見書の公開の有無にかかわらず被告主張の成果は上がっていたと考えられるのであって、本件全証拠によっても、本件意見書の公開によって被告と訴外近藤産業の信頼関係が損なわれ、その結果、行政指導という任意協力を得られなかったものとは認めるに足りないから、この点の被告の主張も採用しがたい。

3  本件意見書の隠蔽について

甲四の一回決二によれば、別紙一覧1の平成六年二月一六日付決定において、本件意見書が決定より漏れていた理由として、「当該請求対象となった情報の量、件数が極めて膨大であった」旨の記載が存すると認められるところ、原告らは、かかる記載が明らかな虚偽であり、本件意見書を見落とす事情はなかったと主張する。

しかしながら、別紙一覧1の公開請求は、「仮称メロディハイム水無瀬に関するもの」「(町に計画が示された時点)〜H5.11.19現在までの町が所有している全ての情報(庁内での調整会議の内容等も含めて)」(甲四の一回請)、別紙一覧2の公開請求も、「『仮称メロディハイム水無瀬』建設に関するもの(11月19日以降町が有するすべての情報)」(甲二二)との、いずれも極めて概括的な請求であったこと、別紙一覧1、2の決定がなされた時点、すなわち平成六年三月の本件条例改正前の情報公開の手続は、公開請求があった場合、まず被告の自治推進課が情報公開請求書を受け付け、その情報の所管課のほうへ請求書を送付して情報の特定をし、その所管課の意見を聞いて、自治推進課で町長の決裁を仰ぐというもので、所管課の職員が文書の存在を認識していたとしても、情報公開の職務を担当する自治推進課の職員には分からないこともあり得たこと(証人浪越稔)等の事情に鑑みれば、ただちには原告主張のようにいうことはできず、他に被告職員が本件意見書の積極的な隠蔽行為をしたと認めるに足りる証拠はない。

4  被告の責任

以上よれば、町長は、本件意見書について、何ら非公開事由に該当する事情がなく、したがって、これを公開すべきであったにもかかわらず、本件各非公開決定をなしたものと認められる。しかも、前記認定説示に照らせば、右判断は、さほど微妙かつ困難なものであったとも認めがたいから、被告は、国家賠償法一条に基づき、原告らの損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

これに対し、被告は、本件意見書が一見明白に非公開事由に該当しないと断定できるものでないから、実施機関たる町長に故意、過失があるとはいえない旨主張するが、本件条例が非公開事由を限定的かつ厳格に解すべきとしていることは既にみたとおりであって、むしろ、町長としては、客観的かつ具体的な非該当事由が明白に認められる場合でなければ非公開決定をすることができないとされていることに照らせば、被告の右主張は採用できないものというほかない。

三  原告らの損害について

前記二で判示したとおり、本件意見書は公開されるべきであったところ、町長は、別紙一覧1ないし9の公開請求に対し、1、3ないし8のとおり違法な非公開決定をなし、本件マンションの建設が完了した段階に至ってようやく、同9のとおり公開決定をなしている。そのため、原告らは、多数回にわたって公開請求をすることを余儀なくされ、その間、その準備等に少なからぬ時間と労力を費やしたことが認められる(甲二五、二六、二八など)。

他方、既にみたとおり、本件マンションの建設については、地元住民の間に強い反対運動が行われていたところ、その中で、被告なりに訴外近藤産業に対する粘り強い要望・指導の努力を継続していたことは明らかであって、そのような状況の下に、些か不穏当な意見を表明した訴外近藤産業の本件意見書の取扱いについて慎重になった町長の態度には、一定の限度では理解できる点がないではなく、その後公開された本件意見書の内容等に照らせば、原告らに前記した以上の損害が発生したものとも認めがたい。

以上の事情に、本件に表われた一切の事情を考慮すれば、原告らに対する慰藉料としては、それぞれ五万円が相当である。また、原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任し、費用及び報酬の支払を約しているところ(弁論の全趣旨)、本件事案の性質、事件の経過、認容額等に鑑みると、被告に対して賠償を求めうる弁護士費用としては、それぞれ一万円をもって相当とする。

四  結論

以上よれば、原告らの本件各請求は、それぞれ六万円の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官小野洋一 裁判官片山隆夫 裁判官國分隆文)

別紙(一) 意見書

私共が計画を行う共同住宅は島本町の宅地開発等に関する指導要綱を基準とするものではなく都市計画法を基準として計画を行うものである。

現在の島本町に於いては、宅地開発等に関する指導要綱及び中高層建築物の建築に伴う公害防止等に関する指導要綱が施行されているものであるが、本来指導要綱は行政指導の方針を示す行政庁内部の業務取扱準則にすぎず、それ自体に法的拘束力及至強制力を有するものではなく、あくまでも相手方に任意の協力を要請できるだけの効力しか有さないものであり(東京地裁決定昭和五〇年一二月八日判例時報八〇三号一八頁、東京高裁決定昭和六〇年三月二六日判例時報一一五号一二頁「宅地開発指導要綱による建築規制」原田尚彦、法律時報五六巻九号二四頁など)貴町指導要綱は町議会が承認したといっても正規の法制定の手続を経たものではなく、あくまでも執行部局の責任で策定執行しているものにすぎなく、かかる取り決めに人が本来的に有する建築及び宅地開発の自由、営業の自由、そして個人の権利を制限する効力を認めることは行政に対する立法の優位を認めた法律による行政の原理、法治行政の原理に違背することは明白であるからである。

指導要綱に基づく行政の有用性は現実の行政実務の中で否定する事はできないが、それが許されるのは、相手方が任意に応じる限りにおいてであり相手方がそれを拒絶した場合は法令、条例、規則などの法形式によらない限りその内容を強制することはできず、本件も島本町指導要綱による限りにおいては、私共の開発事前協議及び開発申請そして、建築確認申請を強制的に中止させたり、又、受付を拒否する権限は、島本町には全くないと断ぜざるを得ない。

つまり、私共は立法上の都市計画法に基づき今後、事前協議書、開発許可申請、建築確認申請を行っていくものである。

別紙

(二) 公開請求一覧表

請求日

請求人

請求内容

決定日

意見書についての決定内容

決定理由

1

平成5年11月19日

南部由美子

仮称メロディハイムに関するもの

平成5年12月17日

平成6年2月16日

意見書の存在に触れず平成5年12月17日付決定において錯誤によりもれていた非公開

事業者の事業活動に不利益

2

平成5年12月21日

澤嶋真紀子

仮称メロディハイム水無瀬建設に関するもの(11月19日以降町が有するすべての情報)

平成6年1月19日

意見書の存在に触れず

3

平成6年2月3日

田渕史郎

都市計画法29条に基づく開発行為許可申請について文書NO12―5

平成6年2月16日

非公開

事業者の事業活動に不利益事務の執行に支障

4

平成6年4月18日

田渕史郎

仮称メロディハイム(現ライオンズマンション)建設のための事前協議の一環とし業者(代理人)が島本町の開発指導に従わない旨を通告したことを証明する文書、書籍等

平成6年5月17日

非公開

事業者の事業活動に不利益事務の執行に支障

5

平成6年5月23日

澤嶋真紀子

都市計画法29条に基づく開発許可申請について文書番号12―5の中の意見書島町自第46号(H6.5.17)により特定された意見書

平成6年6月6日

非公開

事業者の事業活動に不利益事務の執行に支障

6

平成6年8月25日

澤嶋真紀子

澤嶋茂夫

南部由美子

大柳香代子

(仮)メロディハイム(現ライオンズマンション)建設のための事前協議の一環として業者(代理人)が島本町開発指導に従わないと通知した旨を証明する意見書

平成6年9月19日

非公開

事業者の事業活動に不利益事務の執行に支障

7

平成6年9月5日

市橋ガブリエレ

竹村裕史

―本件意見書―

平成6年9月19日

非公開

事業者の事業活動に不利益事務の執行に支障

8

平成6年11月25日

田渕史郎

澤嶋真紀子

澤嶋茂夫

竹村裕史

大柳香代子

南部由美子

市橋ガブリエレ

―本件意見書―

平成6年12月21日

非公開

事業者の事業活動に不利益事務の執行に支障

9

平成7年4月19日

田渕史郎

澤嶋真紀子

澤嶋茂夫

竹村裕史

大柳香代子

南部由美子

市橋ガブリエレ

ライオンズマンション水無瀬の開発、建設の件「協議、交渉、申入の際に作成、提出、交付された一切の文書」

平成7年5月18日

平成7年9月29日に公開との決定

当該事業にかかる行政指導が終了する時点において、非公開事由に該当しない情報となる

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